お題の毎日

他のところでもいくつかブログ作成していました。ここではお題に沿って発信します。

承認欲求

自分も承認欲求が強い方だとは思うが、Xを初めとしたSNSに投稿する人の多くは承認欲求の塊だと感じる。

マラソン選手の高橋尚子は「自分を褒めてやりたい」と語った。同時に世界中の人々から称賛を浴びることができ自己肯定感はMAXだったと思う。

マラソンの場合は記録が刻まれ、メダルという証拠が残るからピリオドを打てるけど、SNSの場合はそうはいかない。

何十万人という沢山のフォロワーを得てもその数を維持したり、更なるいいねを増加させなければ意味がないと感じるだろう。

SNSは生物であり、一瞬の快楽だけを残す泡。

下手をすれば昨日の称賛から今日は炎上にならないとも限らない。

恐ろしい世の中です。

久々の

最近シニアの美容家の動画に出会い、自分のメイクについて考えるようになった。

メイクを本格的にしたのは高校卒業後の社会人になってから。基礎化粧品を買った店でメイクアップしてもらい見よう見まねで覚えてみた。

元々肌が過敏で乾燥肌。季節の変わり目には肌トラブルに見舞われ都度悩まされた。

それでも自分はスキンケアに疎く、肌トラブルになれば化粧品を変えるなどの対処療法しか頭になかった。

なので結局自分の素肌と向き合うことなく、適当なメイクで外に出てはみっともない顔を晒していたのだ。

そのシニア美容家のスローガンは「年をとるのは怖くない」

年齢肌に合ったスキンケアと若見えメイク。老けて見えたり下品に見える若作りメイクではなく、年齢を生かしつつ少しでも若々しくみえる顔作りを提唱している。

年だからといって怠けていると肌はますます老化する。筋肉と一緒でトレーニングしケアすることで活気を増すのだと気づいた。

あまり高額な化粧品や高いエステに通うのは経済的に無理なので自分で出来る方法で頑張ってみようと決めた。

そこで早速勇気を出して自分が愛用している化粧品の店で無料カウンセリングとメイクアップ施術を受けてみた。

プロに任せたナチュラルメイクで自分の顔に光が差した。

どうせ自分などといういじけた考えは捨てて

毎日のスキンケア、丁寧なメイクで自分を飾って行こうと決めた。

フランダースの犬

半世紀ほど前のアニメで、原作には出てこない友達ジョルジュとポール兄弟や、近隣の世話焼きヌレットおばさんなどを描き物語に柔軟さを持たせている。

しかし、おじいさんと二人だけの貧しい暮らしの中、幼馴染のアロアとの仲を村の権力者である父親に裂かれて冷遇されたり、最終的にはおじいさんが死んで天涯孤独になったネロの支えは犬のパトラッシュ一択となり、孤独と寒さと飢えに絶望し、教会で憧れの画家の絵を観ながら息を引き取るというあまりに悲惨な結末は変わらない。

ネロとパトラッシュは安らかに天国へ行ったという終わり方だが、生きていてこれほど苦しかったのに希望のないまま死なせてしまうのは観ているこちらも辛くて苦しい。

原作を読んだのは小学校高学年の頃。出だしからパトラッシュが前の飼い主だった金物屋に鞭打たれ、暑い夏の最中倒れるという展開に心を痛め、更に最後は命の恩人ネロにつかえ、一緒にあの世へ旅立つという結末に心がざわついた。

昔話、特に世界の名作児童文学の主人公らは得てしてみなしごだったり、いじめや差別を受けるという過酷な境遇に耐えている。しかし、その苦難を乗り越え、最後には幸せを手にするというハッピーエンドに救われてきた。

ただ、このフランダースの犬の著者は決して不幸物語が好きなわけでもないとは思う。

人の冷たさ、傲慢な現実を表現することで社会の在り方を変えたかったのかなとは理解できる。

でも、やはりネロとパトラッシュには幸せでいてほしかったというのが本音かな。

高橋優

15年前、メジャーデビューした当初からの推し。ギター片手に人生の苦悩を愛を日常のささやかな幸せを豊かな感受性で歌い上げるアーティスト。

コンサートもう20数回行ったかな。飽きないんだよね。同じなのに新しい。メッセージがストレートに心に刺さる。

コロナになって一度行ってから医療関係者という集団圧力もあってしばらくご無沙汰だった。

で、こないだいわき市まで足を伸ばして4年半ぶりのコンサート満喫しました。

すごい!すごすぎる。この年になってこんな感動を与えてもらえるなんて。

ファン層も老若男女幅広く、これが優さんの

実力を物語っているんだね。

これからも行くよ。細胞が目覚めるような奇跡を与えてくれてありがとう。これまでの15年をさらに磨きずっと輝き続けてファンの星でいてほしい。

未来

湊かなえ原作の映画「未来」を観て来た。想像以上に重く、洞穴に迷い込んだような暗さに澱んでしまった。

過酷な境遇【継父からのDV、学校でのいじめ】の中で生きる少女が未来からの自分が差出人の手紙を受け取りそれを支えに立ち向かう力を蓄える。結果的に殺人を犯してしまうも、悲しみを乗り越えた先には未来があるというメッセージがなんとか救いの物語だった。

小学校時代の女教師が影武者となって少女をサポートしていたが、その女教師の生い立ちの過酷さ、少女に対する思いとかもう少し掘り下げて欲しかったかな。

少女の両親、死んだ父と母の若い頃の秘密とか

かなり過激で深刻な事件もからんでいて、不幸の連鎖のオンパレードで、そこはさすが湊かなえの闇を感じた。

原作も読んだような読まないような。湊かなえ作品は沼るがおおよそのテーマは虐待、いじめ、殺人、放火、友情なので似ていて非なりといった印象だった。

しかし、こんなに疲れる映画は珍しいかも。

映画館を出た後はぐったりでした 笑

家族会議

先日テレビで家族会議というワードを久々耳にした。

高校生の頃、親友が「今夜うち家族会議なんだ」と学校の自転車置き場で話し、私は軽く動揺した。家族会議ってなんだ?家族の会議ってどーゆーこと?と自問自答したが、その心の声を親友に質問することが出来なかった。

親友宅の家族会議は、お姉ちゃんの結婚問題だったらしく、21のお姉ちゃんの相手がバツイチの10歳上の職場上司だった事で難航していた様子。

ひとまず両親は納得し、良い結果となったとの報告に良かったねと返しながら私は複雑な気持ちを抑えきれなかった。

そのモヤモヤはよそ様の家族というものは会議などというきちんとした話し合いをするのかという驚き。

私の育った家では会議どころか会話、朝夕の挨拶、夕食の団欒、季節や誕生日などの行事など一切なく、皆がバラバラな感覚で暮らしていたからだ。

あれから半世紀近くの歳月が経つが、テレビで耳にした家族会議というワードがあの日の驚きをまた思い出させてくれた。