お題の毎日

他のところでもいくつかブログ作成していました。ここではお題に沿って発信します。

フランダースの犬

半世紀ほど前のアニメで、原作には出てこない友達ジョルジュとポール兄弟や、近隣の世話焼きヌレットおばさんなどを描き物語に柔軟さを持たせている。

しかし、おじいさんと二人だけの貧しい暮らしの中、幼馴染のアロアとの仲を村の権力者である父親に裂かれて冷遇されたり、最終的にはおじいさんが死んで天涯孤独になったネロの支えは犬のパトラッシュ一択となり、孤独と寒さと飢えに絶望し、教会で憧れの画家の絵を観ながら息を引き取るというあまりに悲惨な結末は変わらない。

ネロとパトラッシュは安らかに天国へ行ったという終わり方だが、生きていてこれほど苦しかったのに希望のないまま死なせてしまうのは観ているこちらも辛くて苦しい。

原作を読んだのは小学校高学年の頃。出だしからパトラッシュが前の飼い主だった金物屋に鞭打たれ、暑い夏の最中倒れるという展開に心を痛め、更に最後は命の恩人ネロにつかえ、一緒にあの世へ旅立つという結末に心がざわついた。

昔話、特に世界の名作児童文学の主人公らは得てしてみなしごだったり、いじめや差別を受けるという過酷な境遇に耐えている。しかし、その苦難を乗り越え、最後には幸せを手にするというハッピーエンドに救われてきた。

ただ、このフランダースの犬の著者は決して不幸物語が好きなわけでもないとは思う。

人の冷たさ、傲慢な現実を表現することで社会の在り方を変えたかったのかなとは理解できる。

でも、やはりネロとパトラッシュには幸せでいてほしかったというのが本音かな。

高橋優

15年前、メジャーデビューした当初からの推し。ギター片手に人生の苦悩を愛を日常のささやかな幸せを豊かな感受性で歌い上げるアーティスト。

コンサートもう20数回行ったかな。飽きないんだよね。同じなのに新しい。メッセージがストレートに心に刺さる。

コロナになって一度行ってから医療関係者という集団圧力もあってしばらくご無沙汰だった。

で、こないだいわき市まで足を伸ばして4年半ぶりのコンサート満喫しました。

すごい!すごすぎる。この年になってこんな感動を与えてもらえるなんて。

ファン層も老若男女幅広く、これが優さんの

実力を物語っているんだね。

これからも行くよ。細胞が目覚めるような奇跡を与えてくれてありがとう。これまでの15年をさらに磨きずっと輝き続けてファンの星でいてほしい。

未来

湊かなえ原作の映画「未来」を観て来た。想像以上に重く、洞穴に迷い込んだような暗さに澱んでしまった。

過酷な境遇【継父からのDV、学校でのいじめ】の中で生きる少女が未来からの自分が差出人の手紙を受け取りそれを支えに立ち向かう力を蓄える。結果的に殺人を犯してしまうも、悲しみを乗り越えた先には未来があるというメッセージがなんとか救いの物語だった。

小学校時代の女教師が影武者となって少女をサポートしていたが、その女教師の生い立ちの過酷さ、少女に対する思いとかもう少し掘り下げて欲しかったかな。

少女の両親、死んだ父と母の若い頃の秘密とか

かなり過激で深刻な事件もからんでいて、不幸の連鎖のオンパレードで、そこはさすが湊かなえの闇を感じた。

原作も読んだような読まないような。湊かなえ作品は沼るがおおよそのテーマは虐待、いじめ、殺人、放火、友情なので似ていて非なりといった印象だった。

しかし、こんなに疲れる映画は珍しいかも。

映画館を出た後はぐったりでした 笑

家族会議

先日テレビで家族会議というワードを久々耳にした。

高校生の頃、親友が「今夜うち家族会議なんだ」と学校の自転車置き場で話し、私は軽く動揺した。家族会議ってなんだ?家族の会議ってどーゆーこと?と自問自答したが、その心の声を親友に質問することが出来なかった。

親友宅の家族会議は、お姉ちゃんの結婚問題だったらしく、21のお姉ちゃんの相手がバツイチの10歳上の職場上司だった事で難航していた様子。

ひとまず両親は納得し、良い結果となったとの報告に良かったねと返しながら私は複雑な気持ちを抑えきれなかった。

そのモヤモヤはよそ様の家族というものは会議などというきちんとした話し合いをするのかという驚き。

私の育った家では会議どころか会話、朝夕の挨拶、夕食の団欒、季節や誕生日などの行事など一切なく、皆がバラバラな感覚で暮らしていたからだ。

あれから半世紀近くの歳月が経つが、テレビで耳にした家族会議というワードがあの日の驚きをまた思い出させてくれた。

 

身も蓋もない

今年になってから高齢者施設の厨房で働いてます。

私は週三勤務で調理を担当していますが、調理補助のパートさんが二人日替わりで入っています。

今日は73歳のパートさんと組んだのだけど、その人はマイペースで物おじしないタイプ。悪い人ではないけど時々暴走する。

「こないださあ、夜メニューの青椒肉絲を食べてみたんだけど、見た目とは違ってまずくて驚いた。味つうより肉が、豚肉がね、すごく質が悪くて脂っぽくてびっくり。ここの肉なんてとても食べられるレベルではないよ」

その後も輸入肉は毒だ、気持ち悪いから私は絶対使いたくないと弁論大会。

まさに身も蓋もないとはこのこと。たとえ口に合わない安い素材の食べ物でも利用者さんにとって大切な食事で、メニュー作成側や作る側は少しでも美味しくなるよう工夫しているつもり。

まあ、悪気はないんでしょうけど、デリカシーに欠ける発言は控えてほしいなあと心の中で願いました。

運転不安

GW中に起きた高校生部活遠征バス事故。

運転手のスピード出し過ぎとか運行会社と高校側との契約やり取りの主張食い違いとか報道されているけど。

運転手は68歳、運転歴は長いとしても年齢的に判断ミスや集中力の低下、動体視力など落ちていたと思う。

今年になってから事故を起こしていたというし、事故に至らなくてもヒヤリハットした場面を繰り返していたのではないか。

でもまだ大丈夫とたかをくくり依頼を受けていたのかな。生活もあるだろうし講習を受ける年ではないので油断もあったか。

私自身18で免許を取って20歳から車に乗り始めた。60近くになってからスピードを出すのも怖くなり車線変更も慎重にヒヤヒヤしながらの運転をしていた。

一昨年、通勤経路でいつも走っている道を走っていて左側の後輪を路肩にぶつけるという運転ミスがあった。普通に走っているつもりでもバランスを崩した運転になっていたのか?

幸いタイヤも車体も傷付かずほっとしたが他にも咄嗟の判断に迷う場面があったり、自分の認知の衰えを意識せざるをえなかった。

昨年の春に上京したタイミングで車を売却したが、愛車と別れるのは寂しかったものの、これで事故への不安がなくなった事にほっとした。

地方の公共交通機関は乏しい。高齢者の足はどうしても車に頼るしかなく、多少不安があっても免許を返納できない事情がある。

しかし、年齢を経るごとにリスクが大きいのは事実。

知り合いの知り合いは障害を持つ息子さんの送迎のために事故を繰り返しながら認知症と診断されても乗り続け、とうとう廃車になるほどの大事故を起こし亡くなった。高齢化社会を象徴するやりきれない逸話である。

 

 

そんなに上手くは

息子が結婚したのは3年前。その2年後に私も上京し付かず離れずの距離で行き来をしている。

しかし、最近嫁が煙たがっている様子がなんとなしに伝わる。

息子は独り身の私を気遣い折りをみては訪ねてきたり食事に誘ってくれるのだけど、嫁は色々理由をつけてその場を逃れている。

先日訪問した時もよそよそしく手土産に持って行ったお菓子やアイスクリームを見ても反応がなかった。

押し付けるつもりもないし、ありがとうを強要するつもりもないが常にこの調子。

これから孫が生まれる予定だが、たぶん私が行っても喜ばないだろうな。余計な世話や口出しはしないでおこう。

元々は赤の他人、こんなもんさと割り切るしかないんだよね。